としまや月浜の湯女将 渡辺 十九夜 さん

%e6%b8%a1%e8%be%ba%e5%8d%81%e4%b9%9d%e5%a4%9c 福島県いわき市のすぐ南にある県境の茨城県北茨城市は、東日本大震災による津波被害が大きかったにもかかわらず、これまでほとんどメディアに取り上げられてこなかった。「見捨てられた市だね…」と、市民は互いに言い合っていたという。北茨城市にある旅館「としまや月浜の湯」も津波被害に遭った。建て替えて13年しか経っておらず、まだ借金も残っている。女将の渡辺十九夜さんは「旅館はもう再開できないと思った」と語る。そんな時、渡辺さんの支えとなったのが、暗記した聖書の言葉だった。

 地震発生時、渡辺さんは旅館の駐車場にいた。としまや月浜の湯は、海が目と鼻の先だ。幸い、津波が来る前に消防自動車が何度も来て「大津波警報だから、館内に残らないで早く避難するように」と声をかけてくれた。そのおかげで、渡辺さん自身も、従業員もお客も、津波が到着する前に速やかに避難することができた。「お客様の少ない時間帯だったのが幸いでした。当日の晩は団体客もあって満室状態。しかも夜勤スタッフが一人でしたので。そのことを考えると本当に怖かったです」
地震の翌日、旅館が気になり、避難所を出て見に行くと、そこは惨憺たる状態だった。津波が一階の天井まで来ており、館内は流出物が散乱し、駐車場には車が乗り上げていた。「言葉が出ませんでした。ああ神さま、と思うだけでした」
 旅館は建て替えて十三年しか経っていなかった。修復にかかる費用は四億円。まだ払い終わってない借金を合わせると五億円以上になる。国で出している東日本大震災復興特別貸付は受けられず、資金繰りは大変だった。地元の銀行からようやく融資を受けることができたが、国の支援が後手後手に回り、本来なら国の支援でカバーできた損害を自己負担せざるを得なかった。「津波にのみ込まれる夢、お金が払えないで逃げ回っている夢に苦しみました。あの当時のことは、忘れることができません」
 それでもクリスチャンだった渡辺さんは、「神さま、助けてください。難局を乗り越える力を与えてください。奇跡を起こしてください」と祈り続けた。その後、国から被災状況に応じて補助金が下りることになり、2011年10月末に営業を再開できた。「想像もつかなかったことで、天にも昇る思いでした」と、当時を振り返る。

 名前は、祖父がつけてくれた。「十九日の夜に生まれたので〝とくよ〟とつけてくれました」。学生時代はテニス部で、インターハイに出場するほどのスポーツ万能少女だった。「女将というハードな仕事をこなせるのも、厳しい部活時代を経験したから」と言う。
 中学一年生の頃、ノルウェー人宣教師が、渡辺さんの家の近くに引っ越してきた。「当時、外国人はとても珍しく、興味があって、宣教師宅で毎週行われている聖書の学び会に出席させていただきました。ただ、テニスをしていたので、日曜礼拝にはほとんど出席することができませんでした」
 そんなある日、渡辺さんはスランプに陥った。中学二年生の県の新人戦で優勝し、高校でも関東大会インターハイに出場していた渡辺さんの心の中には、「いつも試合には勝たなければならない」というプレッシャーがのしかかっていた。その苦しい思いを宣教師に相談すると、宣教師は一つの聖書の言葉を渡辺さんにプレゼントした。

 「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたを支える」(旧約聖書・イザヤ41・10、口語訳)
 この聖書の言葉を聞いた時、「勝たなければならないという気持ちがなくなりました」。その年の秋、洗礼を受けた。「この試合に勝てば国体に行ける」という高校三年の最後の試合では、接戦で負けた。だが、「後悔は全くありませんでした。一生懸命やった、神さまが一緒にいてくださったという思いがありましたから」。その後、大学時代も二部で4年間、「神さまのおかげで」テニスを頑張ることができた。
 渡辺さんは、ある教会の牧師から、会うたびにこう言われたという。「十九夜さん、聖書の言葉を暗記しましたか? 暗記しなければなりませんよ」。以来、毎日、ノートに一日にあった感謝と聖書の言葉を書き留めている。「聖書の言葉を覚えておくと、つらいとき、何かあるごとに支えられます」
 震災後もたくさんの聖書の言葉が心に浮かんだ。たとえば「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」(詩篇119・71)だ。「当時、この言葉はきつかった。でも震災を通して多くのことを学ばせていただきました。今はそのとおりですと、はっきり言うことができます。私たちの生涯には、試練や艱難がたくさんあります。でも、神さまの慰めがあることも教えられました。苦しみの中から願うと主は答えてくださった。つらい中にも神さまの御手がある。神さまは導いて支えてくださるのです」
 旅館の売り上げは、震災前の八割まで戻ってきた。しかし、「今の状況が続くのかな、といった一抹の不安はある」とも言う。それでも、渡辺さんはこう語る。「この仕事を与えてくださったのも神さま。私を通して神さまがどのような新しいわざをしてくださるのか、待ち望みたい」。「としまや月浜の湯」のウェブサイトは http://www.tukihama.co.jp/


【クリスチャン新聞「福音版」2016年3月号より】

関連記事

ページ上部へ戻る