古今東西 聖書はネタ帳

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洋の東西を問わず、聖書から影響を受けた作家には枚挙にいとまがありません。『失楽園』のミルトン、『神曲』のダンテ、キリスト教的実存主義を唱えたキルケゴール、ロシアの文豪ドストエフスキーとトルストイ。日本では太宰治、芥川龍之介、夏目漱石、宮沢賢治などなど。
アメリカの作家ではスタインベックの『怒りの葡萄』で聖書をベースにしていることが有名ですが、ちょっと意外なところでは、ヘミングウェイもキリスト教に関連した作品を書いています。『今日は金曜日』という短編は、ある夜の酒場で交わされたローマ軍兵士の会話で構成されています。「まったく、とんでもねえ人騒がせな野郎さ」「さあ、どうかな。奴は今日、あそこでなかなか立派だったぜ」「ふん、それなら、何だって野郎、十字架から下りて来なかったんだい?」という会話から、彼らがイエスを十字架にかけた兵士たちだということがわかってきますが、その心にイエスの印象が深く残っていることが伝わってくる、舞台のワンシーンのような物語です。
太宰治も聖書に強い興味を持っていた作家でした。『HUMAN LOST』の中では「聖書一巻によりて、日本の文学史は、かつてなき程の鮮明さをもて、はっきりと二分されている。マタイ伝二十八章、読み終えるのに、三年かかった。マルコ、ルカ、ヨハネ、ああ、ヨハネ伝の翼を得るは、いつの日か」と書かれています。しかし『人間失格』の中で、「神の愛は信ぜられず、神の罰だけを信じているのでした。……地獄は信ぜられても、天国の存在は、どうしても信ぜられなかったのです」と述べているように、信仰を持つには至らなかったようです。
芥川龍之介は『西方の人』でバプテスマのヨハネや弟子たち、マリヤとヨセフ、悪魔やヘロデ王、聖霊についての解説をしていますが、「聖霊は悪魔や天使ではない。勿論、神とも異るものである」とあるように、その解釈は彼独特のものだったようです。
また、「クリスト教の為に殉じたクリスト教徒たちに或興味を感じてゐた。殉教者の心理はわたしにはあらゆる狂信者の心理のやうに病的な興味を与へたのである」(『西方の人』)という言葉を裏づけるかのように、迫害を受けて殉教したキリシタンについて書いた『奉教人の死』という作品も残しています。
bgm_23宮沢賢治は法華宗の信者として知られていますが、聖書にも深い関心を寄せており、彼の代表作の1つである『銀河鉄道の夜』はキリスト教の天国を強く意識した作品です。主人公のジョバンニという名前はヨハネのイタリア語読みです。
母は病気で父も不在という寂しい境遇の中で、ジョバンニが唯一心を通わせられる友達がカムパネルラでした。
ある日、ジョバンニはカムパネルラと一緒に銀河鉄道に乗っている夢を見ます。その汽車には、氷山にぶつかって難破した船に乗っていた幼い姉弟と、その家庭教師の青年も乗り込んできます。青年は、船が沈み始めたとき、せめてこの姉弟だけでも救命ボートに乗せようと思ったもののボートの数が足りず、姉弟を乗せるためには、他の小さな子どもたちを押しのけていかなければならなかったが、そんなことはとてもできなかったのだと話します。そして、沈みかけた船から「主よ、みもとに近づかん」と賛美歌を歌う声が流れてくるのを聞きながら、水に沈んでいったのだ、と言います。
やがて、汽車が「天上へ行く」サウザンクロス(南十字)という駅に近づくと、車内からは「子供が瓜に飛びついたときのようなよろこびの声や、なんとも言いようのない深いつつましいためいきの音」が聞こえ、「ハレルヤ、ハレルヤ」の声が響き渡ります。姉弟と青年もそこで降りて行きました。
その後、いつの間にかカムパネルラもいなくなり、ジョバンニだけが取り残されます。ジョバンニが必死でカムパネルラを探していると、大きな1冊の本を持った男が「あらゆるひとのいちばんの幸福をさがし、みんなといっしょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」と言います。
その後しばらくしてジョバンニは現実の世界に帰りますが、そこではカムパネルラが友達を助けるために川に飛び込んだきり見つからないという騒ぎが起きていました。
宮沢賢治が「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません」《ヨハネ15・13》という聖書の教えや、その教えを守った者が死後に行く世界をイメージしながら書いた作品が『銀河鉄道の夜』なのです。

 

 

聖書ガイドMOOK リアル聖書入門 第一部 22-25頁より

 

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