映画にせずにはいられない

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聖書は、本、音楽、絵画など、あらゆるジャンルの芸術に大きな影響を与えてきましたが、映画もその1つです。昔から、聖書に題材やインスピレーションを得た映画が数多く作られてきました。
聖書との関わり方もさまざまで、聖書のストーリーそのままをなぞるようにして描いた映画もあれば、聖書の教えをエッセンスにした映画、あるいは、聖書に出てくる物や用語、人物を扱いながら、趣旨としては聖書とほとんど関係ない映画もあります。
聖書のストーリーをそのまま映画にしたものとしては、1956年に制作された『十戒』が有名です。チャールトン・ヘストンやユル・ブリンナーといった当時のハリウッドの大スターが出演し、今のようなCGの技術がなかった時代に、紅海が2つに割れる迫力のシーンで観客を沸かせました。
『プリンス・オブ・エジプト』、『サン・オブ・ゴッド』、『ノア』、『エクソダス――神と王――』なども聖書の物語をなぞって作られた映画ですが、これらの中には聖書が伝えるメッセージに忠実なものもあれば、独自の解釈が加えられたものもあります。映画鑑賞の前後に聖書の該当箇所を読み、その描き方の妥当性を評価してみるのも一興でしょう。
聖書の教えをエッセンスとして用いている映画としては、『炎のランナー』、『デッドマン・ウォーキング』、『パッチ・アダムス』などがあります。
『炎のランナー』の主人公は、1924年のパリ・オリンピックに出場したエリック・リデルという実在の人物です。リデルはもともと100メートル走の選手でしたが、オリンピックではその種目がクリスチャンにとっての安息日である日曜日に当たっていたため、出場を拒否しました。
周囲の説得に対してリデルは、自分にとってはオリンピックで栄誉を受けることより、神に対して忠実であることのほうが大切なのだという信念を語ります。リデルは結局、代わりに出場できることになった400メートル走で金メダル獲得という快挙を成し遂げます。この映画の原題はChariots of Fire で、これは旧約聖書で預言者エリヤが乗って天に昇っていった「火の戦車」を指しています。
『デッドマン・ウォーキング』は、レイプと殺人を犯して死刑囚となった男と、死刑に反対するひとりのシスターをめぐる物語です。この映画の中で、死刑制度に賛成する人々は「目には目を、歯には歯を」が旧約聖書の教えであると主張し、死刑制度に反対するシスターは、新約聖書ではキリストは恵みと和解を説いていると反論します。
死刑制度に対してまったく反対の立場を取る人々が、両方とも聖書をその根拠としている点が興味深く、聖書は全体を通して何を語っているのかについて、正しく理解する必要があることがわかります。
『パッチ・アダムス』は、医者として「病気」ではなく「人」を癒やそうと奮闘した実在の人物をモデルにした映画です。主人公のパッチは、自ら道化にふんして患者を笑わそうとするようなユニークな医学生でしたが、あるとき大学の学長にその型破りな行動について、「きみは自分が頭がいいからルールに従わなくていいとでも思っているのか」と叱責されます。それに対してパッチは、「ルールなら何でも従わなければならないとは思っていませんが、ゴールデンルールには誰もが従うべきだと思っています」と答えます。
このゴールデンルールは日本語では黄金律で、それ自体が独り歩きするほど有名な言葉ですが、実はマタイの福音書に出てくるキリストの言葉が語源です。「山上の説教」と呼ばれるキリストの有名な説教の中で「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」と語られたその教えこそがルールの中のルール、黄金律なのです。
聖書に出てくる用語、人名、地名、物などを使いながら、内容的にはほとんど聖書と関係のない映画としては、『マトリックス』、『レイダース・失われたアーク』などがあります。
『マトリックス』には、英語で三位一体を意味する「トリニティー」という名前の女性や、イスラエルの民を捕囚にしたバビロンの王「ネブカデネザル」と同じ名前の船や、エルサレムを指すシオンの英語名「ザイオン」という名前の街、果ては「アダム通り」という通りまで出てきますが、内容的にはいずれも聖書のそれとは何の関係もありません。
『レイダース・失われたアーク』は、主人公インディ・ジョーンズとナチス・ドイツが聖書に出てくる「契約の箱」を奪い合うというストーリーですが、これもまた、「契約の箱」が出てくるほかは、聖書とは無縁の物語です。

聖書ガイドMOOK リアル聖書入門 第一部 26-29頁より

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