三位一体の語源は聖書

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聖書の神は「父なる神、子なる神、聖霊なる神の三位一体である」ということがよく言われますが、実は聖書には「三位一体」という言葉そのものは出てきません。この言葉がキリスト教の最も中心的な教理として確立したのは4世紀頃のことです。
その内容をごく簡単に説明すると「唯一の神の中に、父と子と聖霊の3つの位格が存在する」ということですが、これは3分の1ずつの位格を全部足すと1つの神になるということではありません。神の中にある3つの位格はそれぞれ別の完全な存在でありながら、神は唯一であるのです。この理屈は、人間には完全に理解できないという人もいるほど難解で、これこそ神の神秘といっていいでしょう。
ここでは、三位一体の神の姿を描いている聖書の箇所をたどりながら、全体像のほんの一部であっても、理解する助けとなることを学びたいと思います。
まず、創世記1章26節では「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして」と神が自分を複数形で呼んでおり、3つの位格がそれぞれ独立していることわかります。
また、ルカの福音書3章21〜22節には、バプテスマ(洗礼)を受けるイエスの上に下った聖霊と、さらに、イエスに「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」と語る父なる神が描かれ、3位格の区別と、それぞれの職務が示されています。すなわち、父なる神の意志により、人の世界に遣わされた子なる神を聖霊が助けているということです。
他の箇所ではイエスが「もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。……あなたがたは父を知っており、また、すでに父を見たのです」《ヨハネ14・7》と語り、父なる神と子なる神の心が完全に1つであることを示し、聖霊については「御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです」《ヨハネ16・14》と述べています。
これもまた理解することが大変難しいことですが、子なる神・イエスは、完全な神であると同時に、完全な人間でした。そのイエスが人としての地上での役割を果たし終えたあとには「わたしは助け主(聖霊)をあなたがたのところに遣わします」《ヨハネ16・7》と言っています。つまり、イエスによって聖霊が一人ひとりの信徒に与えられるということが教えられているのです。
また、信徒になった者に洗礼を授ける際は「父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け」《マタイ28・19》とあり、ここにも「三つにまして一つの神」と言われる三位一体の神の姿をうかがうことができます。

 

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