不条理の向こうに神を見たヨブ

イリヤ・レーピン 「ヨブと彼の友」旧約聖書の中にあるヨブ記は、多くの人の心に1度は浮かんだことのある疑問、「神がいるならなぜ、こんなひどいことが起こるのを許しておくのか」という普遍的なテーマを扱っている点で、非常に興味深い書です。
ヨブ記の主人公であるヨブは、神を敬い、悪を遠ざけ、それでも無意識に罪を犯したかもしれないと言って自分と家族のために定期的に贖罪のいけにえをささげるほど敬虔な人物でした。
彼は「東の人々の中で一番の富豪」と言われるほど裕福で、非常に多くの家畜としもべを所有し、7人の息子と3人の娘にも恵まれていました。
ある日、神の前に現れたサタン(悪魔)は、「ヨブがこんなにも神を敬うのは彼が非常に恵まれているからであって、その所有物を奪ってしまえば神をのろうにちがいない」と挑戦します。
それに対して神が、ヨブの持ち物を好きなようにしていい、ただしヨブの命には手を出すな、と許可を与えたため、ヨブは1日にして家畜としもべ、それに息子と娘を突然の出来事によって失います。
それでもヨブは「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主(神)は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」《ヨブ1・21》と言って、その試練を受け入れます。
サタンの攻撃はさらに続き、次はヨブ自身が足から頭まで悪性の腫物で覆われてしまいます。そのありさまは、ヨブの妻が「神をのろって死になさい」と言うほど悲惨でした。見舞いに来た3人の友人も、「七日七夜……一言も彼に話しかけなかった。彼の痛みがあまりにもひどいのを見たからである」《ヨブ2・13》とあります。
その後、ようやく口を開いたヨブは、こんな思いをするならば、自分など生まれてくるべきではなかったと言います。そんなヨブに対して3人の友人たちは口々に、「そんなことを言うべきではない。こんな目に遭うからには、何か悔い改めるべきことがあるはずだ。神は理由もなくこんなことをする方ではない。悔い改めよ」と迫ります。
けれどもヨブは頑として「こんな罰を受けなければならないようなことは何もしていない」と言い張ります。議論が白熱していく中で、友人たちは、最初の同情はどこへやら、ヨブに対するいらだちと憤りをつのらせていき、ヨブはヨブで、「自分は悪くない。神が悪い」と言い出す一歩手前までエスカレートしていきます。
そこで4人目の友人エリフが登場し、神より自分が正しいとさえ言い出しそうなヨブを非難し、苦しみには罰ではなく訓練としての意味もあるのではないかということを指摘します。
その後、いよいよ神自身がヨブに対して語り始めるのですが、神は、「正しい生活をしていたのになぜ苦難に遭わなければならないのか」という質問には答えません。神がなした創造のわざについて語り、自身が人知を超える圧倒的な存在であることをヨブに思い出させるのみでした。
神の語りかけをきいたヨブは、神がすることの理由のすべてを自分が理解できると思っていた思い上がりを恥じ、悔い改めます。
神はその後、ヨブに以前の2倍もの財産と10人の子どもを与えました。

聖書ガイドMOOK リアル聖書入門 第二部 56-57頁より

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