イスラエル暗黒時代をただしたエレミヤ

レンブラント・ファン・レイン「エルサレムの破壊を嘆くエレミヤ」ダビデ王の息子ソロモンの時代に、イスラエルは隆盛の頂点を極め、エルサレムには壮大な神殿が建立されました。しかしその一方で、ソロモンが周辺諸国からめとった多くの妻とそばめたちは自国の偶像と宗教を持ち込み、それと同時にイスラエルの繁栄も陰りを見せ始めていました。
ソロモンが死ぬと、イスラエルはダビデの家系であるユダ族とベニヤミン族から成る南ユダ王国と、それ以外の10部族からなる北イスラエル王国に分裂してしまいました。
北イスラエルは、民が南ユダにあるエルサレム神殿を慕って帰って行ってしまわないように、新しく子牛像の礼拝を国の宗教として制定しました。
南ユダはこれまでどおり唯一の神を礼拝するという建前でしたが、現実にはソロモンの時代に入り込んだ他宗教や近隣国の宗教の影響を受け、北イスラエルと同様、諸宗教の儀式や習慣に従って性的放縦に走ったり、子どもをいけにえにささげたりしていました。
エレミヤは、そんな時代に、南ユダに対して「偶像を捨て、神に立ち返れ。さもなければエルサレムはバビロンによって滅ぼされる」と警告するために神に選ばれた預言者です。最初から苦難が予想できる大変な役割でした。
神の指示により、エレミヤはさまざまな象徴を用いて預言をしました。例えば、亜麻布の帯を腰に締め、その後、その帯をユーフラテス川の岩の割れ目に隠し、何日もたってからそれを取り出すようにと命じられたエレミヤはそのとおりに実行します。帯は見る影もなく腐っていました。神はエレミヤを通して「わたしのことばを聞こうともせず、自分たちのかたくなな心のままに歩み、ほかの神々に従って、それに仕え、それを拝むこの悪い民は、何の役にも立たないこの帯のようになる。なぜなら、帯が人の腰に結びつくように、わたしは、イスラエルの全家とユダの全家をわたしに結びつけた……のに、彼らがわたしに聞き従わなかったからだ」《エレミヤ書13・10〜11》と警告します。
また、あるときは陶器師のもとに行くように言われ、粘土で作った器が気に入らず、それをつぶしてほかの器に作り変える陶器師の様子を見せられたあとに、「神の手の中にあるユダの民も、作り手の意に添わないものであり続けるならいったん壊して作り直す」という預言を託されました。
家畜用のくびきを首につけて町中を歩き、神に背き続けるユダの民は、バビロンにこのようにくびきをつけられる、と預言したこともあります。
けれども、ユダの王と民はエレミヤのそのような預言に聞き従うどころか、激しく反発し、エレミヤを迫害します。エレミヤは投獄されたり、足かせにつながれたり、水のない井戸に落とされたりしました。
やがて、エレミヤの預言が成就する時が来ました。南ユダ王国はバビロンに征服され、エルサレムは陥落し、ユダの民は捕囚としてバビロンに連れ去られてしまったのです。
エレミヤはこのとき、バビロン王の好意によって釈放され、ユダの総督となったゲダルヤに仕えます。その後、エジプトに亡命する人々に強制連行され、そこでも預言活動をしました。
イスラエルの暗黒時代を生き、命を懸けて民の罪を糾弾し、悔い改めを呼びかけつつ聞き入れられなかったエレミヤは、「涙の預言者」とも呼ばれています。しかし、エレミヤの預言には、暗いトンネルの向こうに見える光のような希望の言葉もあります。
「わたし(神)はあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。……それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。……あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう」《エレミヤ29・11〜13》
エレミヤの預言は、罪を犯し続ける民に対する裁きを告げるものでしたが、懲らしめのあとには赦しと回復があるということも同時に語られていたのです。

聖書ガイドMOOK リアル聖書入門 第二部 60-61頁より

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