栄光と挫折のイスラエル王・ダビデ

シモン・ヴーエ「ゴリヤテの首を取ったダビデ」ミケランジェロの代表作の1つである「ダビデ像」で有名なダビデは、イスラエルの2代目の王でした。初代王サウルが次第に傲慢になり、神を軽んじるようになった結果、神は預言者サムエルに、ベツレヘムに住むエッサイを訪ね、彼の息子のひとりを次の王に任命するように命じます。
エッサイには8人の息子がいましたが、サムエルの前に連れて来られたのは上の7人でした。羊の番をしていた末息子のダビデは数にも入れられず、その場に呼ばれもしなかったのです。けれども実は、神が選んでいたのは、まだ少年の末っ子ダビデでした。
サムエルは神に命じられたとおり、ダビデの頭に香油を注ぎますが(祭司、王、預言者は、油を注がれることによって神からその職に任命されたと見なされた)、ダビデはその日から王になったわけではなく、まずはサウル王のそばで竪琴を弾くしもべとして召されました。
その後、イスラエルとペリシテの戦いの場で、ペリシテの大男ゴリヤテが1対1の代表戦を挑み、挑発を繰り返すのを見たダビデは「生ける神の陣をなぶるとは何事か」と怒り、自らイスラエルの代表戦士として名乗りを上げます。
体格といい年齢といい経験といい、ゴリヤテの相手になりようもないダビデをサウルは止めますが、ダビデは羊飼いが獣を追い払うのに使う「石投げ」という道具だけを使って、見事ゴリヤテを倒し、剣でとどめを刺して首をはねます。
その後、力を増していくダビデを脅威に感じたサウルは、ダビデを幾度も殺そうとしますが、ダビデは反撃のチャンスが訪れたときでさえ、サウルも神に油を注がれた者だからという理由で、決してサウルを手にかけようとはしませんでした。
やがて神に見放され、精神を病んでいたサウル王は、悲惨な戦死を遂げます。サウルの死後、イスラエルの2代目の王となったダビデは、周辺諸国との戦いに次々に勝利を収め、イスラエルは強大な国へと発展していきました。
ところが、国が安定してきたその頃、ダビデの心にはゆるみが生じたのか、大きな過ちを犯してしまいます。ひとりの女性が沐浴している場面を見かけ、その姿に引かれたダビデは、彼女が自分の部下ウリヤの妻だと知りながら、呼び寄せて関係を持ってしまうのです。
やがてウリヤの妻バテ・シェバが妊娠すると、ダビデは隠蔽工作を計りますが、それがうまくいかないのを見ると、戦死に見せかけてウリヤを殺してしまいました。
神はそんなダビデのもとに預言者ナタンを遣わして、厳しく糾弾します。我に返ったダビデは自分の罪を真摯に悔い改めました。詩人でもあったダビデは、神への信頼、感謝、懇願、賛美など、あらゆる感情を書き記し、その多くが旧約聖書の詩篇に収められていますが、この一件に関する悔い改めの祈りは、詩篇51篇に記されています。
ダビデは40年間イスラエルを統治した名高い王でしたが、多くの妻をめとった結果、家庭内では複雑な争いも生じ、一時は実の息子に王座を追われて逃避行に及んだ時期もありました。
けれども、ダビデはその起伏に富んだ人生の中で、無名のときも、華々しい成果を上げていたときも、苦難のときも、恥辱にまみれたときも、常に徹底して神を恐れ、神に信頼する態度を貫く信仰者でした。
そしてダビデの死後から約1000年後、彼の故郷であるベツレヘムで、イエス・キリストがダビデの家系の者として誕生するのです。

聖書ガイドMOOK リアル聖書入門 第二部 54-55頁より

関連記事

ページ上部へ戻る