ヨセフ:エジプトの宰相に イスラエル民族存亡の危機救う
最愛の妻ラケルが、長い不妊期間を経て最初に産んだ子どもだからでしょうか、ヤコブは12人の息子の中でもヨセフを溺愛していました。そしてヨセフにだけ特別に高価な服を作ってやるなど、偏愛ぶりを露骨に表していたため、10人の兄たちはヨセフと穏やかに話をできないほどでした。
ヨセフ自身は、兄たちの嫉妬に無頓着だったようです。あるとき、「私たちが畑で束を作っていると、私の束が起き上がり、兄さんたちの束が私の束におじぎをする夢を見た」と話して兄たちを激怒させました。そんな兄たちの顔色にも気づかないのか、さらに「今度は太陽と月と11の星が私を拝んでいる夢を見た」と、追い打ちをかけるようなことを言うのですから、無邪気を通り越して無神経とさえ言えそうです。さすがに父ヤコブもヨセフを叱りましたが、思うところもあったらしく、「父はこのことを心にとどめていた」(創世記37・11)と聖書は記しています。
一方、兄たちのヨセフに対する怒りと嫌悪感は、限界に達していました。ある時、シェケムの野原で兄たちが羊の群れを世話しているところに、父の使いでヨセフがやってきます。兄たちはその姿を遠くから見つけると、人気のないこの場所で殺してしまい、父には、ヨセフは獣に襲われたと言おうとたくらみました。
しかし長男のルベンだけは、「殺してはいけない。この荒野の枯井戸に投げ込むだけにしなさい」と弟たちを止めます。そうしておいて、あとでヨセフを助け出し、父のもとに返してやるつもりだったのですが、ルベンが目を離した隙に、他の兄弟たちは、偶然通りかかったイシュマエル人の隊商にヨセフを売り飛ばしてしまいました。
ルベンはあわてましたが、もうどうしようもありません。兄たちは雄やぎを殺してその血をヨセフの服につけ、ヨセフが獣に殺されたかのような偽装工作をして父ヤコブに見せました。ヤコブはそれを信じて嘆き悲しみました。
一方、イシュマエル人に売られたヨセフはエジプトに連れていかれ、そこでエジプト王の侍従長をしているポティファルという人物に買い取られました。聖書によれば、「主がヨセフとともにおられたので、彼は成功する者となり」(同39・2)、ヨセフは主人の絶大な信頼を勝ち取り、家と全財産の管理を任されるまでになりました。
ところが、外見が良いうえに仕事もできるヨセフを気に入った主人の妻が、彼に色目を使い、言い寄るようになりました。ヨセフは、主人は自分を信頼してすべてを任せてくれているのに、それを裏切るという悪事をして神に罪を犯すことはできないと言って、拒み続けます。興味深いのは、ここでヨセフが、「主人に悪いから」ではなく、「神に罪を犯す」と言っている点です。彼自身、自分のやることなすことすべてが神に助けられていることを自覚し、常に神を意識していたことがうかがえることばです。
自分の誘惑になびかないヨセフに腹を立てた主人の妻は、ヨセフに襲われかけたとうそを言い、それを信じた主人はヨセフを監獄の中に入れてしまいました。しかしそこでも、「主(神)はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた」(同39・21)と聖書は記しています。ヨセフは監獄の中でも、そこで行われるすべてのことを管理するようになりました。
あるとき、王の献酌官長と料理官長が王を怒らせてしまい、ヨセフのいる監獄に投獄されてきました。しばらくすると、2人は同じ夜にそれぞれ不思議な夢を見て、その意味が知りたくて落ち着かなくなりました。そのようすに気がついたヨセフは、自分がその夢を解き明かそうと申し出ます。かつて、意味ありげな夢の話をして兄たちを激怒させたヨセフですが、夢の意味を解釈する能力が実際に神から与えられていたようです。
2人の夢の内容を聞いたヨセフは、献酌官長には「3日以内に元の地位に戻れるだろう」と、料理官長には「3日以内に木につるされて殺されるだろう」と、その解き明かしを告げ、事実そのとおりになりました。
献酌官長がすぐにもとの地位に戻されるだろうことを知ったとき、ヨセフは彼に、監獄から出たら自分のことを王に話して助けてほしいと頼んでいたのですが、献酌官長は牢を出るとすぐにヨセフのことを忘れてしまいました。
彼がヨセフを思い出したのは、なんとそれから2年後のことです。王が不思議な夢を見て思い悩んでいるということを聞いたときに初めて、あの監獄の中での出来事を思い出したのです。彼は王にヨセフという男が自分の見た夢の内容を解き明かし、それが当たっていたことを話しました。
王はすぐにヨセフを呼び出すと、自分の見た夢を告げ、その意味を聞きます。それは、エジプトにはこの先7年間の大豊作が訪れ、次いで7年間の大飢饉がくるということを知らせる夢でした。ヨセフのその解き明かしに深く納得した王は、彼をエジプトの宰相にし、国の管理を任せることにしました。ヨセフが30歳のときのことです。
やがて、ヨセフのことばどおりに7年間の豊作が訪れます。そのあとに飢饉の7年間がくることを知っているヨセフは、豊作の間に食糧をできるだけ備蓄しました。そしてエジプトのみならず、近隣諸国すべてを覆い尽くす飢饉がやってくると、周囲の国々は飢えに苦しみ始めましたが、エジプトにだけはふんだんに食糧がありました。
そのうわさは遠いカナンにいるヤコブの耳にも入りました。ヤコブは、ヨセフの兄である10人の息子たちに、エジプトへ食糧を買いにいくように命じます。
エジプトに着いた兄たちは、まさか目の前にいるエジプトの権力者が自分たちが売り飛ばした弟だとは夢にも思いませんでしたが、ヨセフのほうでは一目で兄たちとわかりました。しばらく知らんふりをしたまま演技をし、現在の兄たちのようすを見るために彼らをわなにかけるようなこともしましたが、兄たちが末の弟(そして、ヨセフにとっては母を同じくする唯一の兄弟)ベニヤミンをかばおうとするのを見ると、自分の正体を明かし、父ヤコブを連れてカナンに移住してくるように勧めます。驚き、恐れる兄たちにヨセフは、自分がここに売られてきたおかげで、今、一族の命は救われるのだから気にしなくてよい、と告げます。奴隷として売られた先でも監獄の中でも神の守りと好意を受け続け、エジプトの宰相に抜擢されたヨセフにとっては、それが実感だったのでしょう。
死んだと思っていた最愛の息子がエジプトの権力者になっていたと聞いたヤコブは、驚きと喜びに包まれてカナンをあとにし、エジプトでヨセフと再会します。そして、エジプトで寿命を全うしましたが、その遺体は本人の遺言によりカナンに戻されて、自分で用意していた墓に葬られました。