ソロモン:知恵で国を治めた王 イスラエル王国の隆盛を極めた王
ダビデが年をとって老人になると、三男アブサロムに続いて四男アドニヤも王位を狙って暴走したものの失敗し、討ち取られて死ぬという結末を迎えました。これもまた、母親の違う息子たちをたくさんもうけたダビデが招いた悲劇と言っていいかもしれません。
ダビデが王位継承者として選んでいたのは、バテ・シェバが、不倫の結果ダビデに産んだ最初の子を亡くしたあとに身ごもった子、ソロモンでした。これは神の意思でもあり、アドニヤが王位を狙って動く中、ソロモンは、預言者ナタンに後押しをされて王になりました。
ソロモンが王になって間もない頃、夢の中で神が現れ、「あなたに何を与えようか。願え」(Ⅰ列王3・5)と言いました。ソロモンは、「善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべ(ソロモン)に与えてください。さもなければ、だれに、この大勢のあなたの民をさばくことができるでしょうか」(同9節)と願います。その願いは神の御心にかなったため、ソロモンには、願ったとおりの知恵に加え、富と誉れも与えられることになりました。ソロモンの知恵は、「箴言」「伝道者の書」という書にまとめられ、旧約聖書に収録されています。
ソロモンの知恵、目もくらむような栄華は近隣諸国に知れ渡り、そのうわさを確かめるためにシェバの女王が訪れ、うわさ以上の繁栄ぶりを見て感嘆し、大量の金やバルサム油などを献上したこともあるほどでした。この「シェバの女王」とは、映画、歌劇、音楽で有名な「シバの女王」のことです。
ソロモンはまた、父ダビデが集めていた材料を用いて、壮麗な神殿を建立しました。この時代が、イスラエルが最も平和で栄えた時代だったと言えるでしょう。
他国の神を拝み祝福された地位を失う
これほどまでの繁栄がもたらした結果だとすれば皮肉なことですが、ソロモンは数えきれないほどの妻と側室をもち、その中には、イスラエルの律法によってかかわりをもってはいけないと禁じられていた国々の女性たちもいました。律法がそれらの国との交流を禁じた理由は、イスラエルがその国々の偶像礼拝の影響を受けることを避けるためでした。
律法を破ってそれらの国の女性たちを妻や側室にしたソロモンは、案の定、彼女たちに引きずられ、偶像礼拝をするようになりました。神はそのことを怒り、2度もソロモンに現れて、「他の神々に従ってはならない」ととがめましたが、ソロモンはそのことばに聞き従いませんでした。そこで神は、イスラエルの王国を引き裂いて、12部族のうち10部族をソロモンの家来に与える、と宣告します。
ソロモンが死ぬと、息子のレハブアムが王になりましたが、ソロモンの家来ヤロブアムはレハブアムのもとに来て、民に課せられている税や苦役を軽くしてくれるように頼みました。レハブアムがこれを拒絶すると、ユダ族とベニヤミン族を除く10部族がヤロブアムに付き従って、エルサレムで王位についたレハブアムから離反しました。こうして、神の預言どおりイスラエルは、ヤロブアムが10部族を治める北王国と、レハブアムのもとに残ったユダ族、ベニヤミン族から成る南王国に分裂してしまったのです。