ネヘミヤ:捕囚からの帰還 ユダヤ人のアイデンティティを回復させる

 エステル記に記されているのは、捕囚を解かれた後もペルシアに残留していたユダヤ人たちの物語ですが、ペルシアのキュロス王による解放宣言を受けてエルサレムに帰還したユダヤ人たちももちろんいました。彼らは、エルサレムの破壊された神殿を再建しましたが(第二神殿)、ソロモンが築いた最初の神殿に比べるとあまりにも質素だったため、「以前の宮を見たことのある多くの老人たちは……大声をあげて泣いた」(エズラ記3・12)とあります。

 エステルを妻にしたクセルクセス王の次のアルタクセルクセスに献酌官として仕えていたネヘミヤというユダヤ人がいました。
 ネヘミヤはペルシアに残っていましたが、エルサレムに帰還していた彼の親類が、あるときネヘミヤを訪ねてきて、エルサレムについて、「捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです」(ネヘミヤ記1・3)と、悲惨な現状を伝えました。

 心を痛めたネヘミヤは、エルサレムに行って城壁を再建させてくれないかとアルタクセルクセス王に願い出ました。王は、その仕事に必要な期間だけ確認すると、快くネヘミヤをエルサレムに送り出し、彼をエルサレムの総督に任じました。
 城壁というのは、街をぐるりと囲んで周囲の国から街を守り、必要に応じて要塞化するためのものですから、近隣諸国は当然、この城壁再建に警戒心と不快感を抱きました。激しい妨害がありましたが、ユダヤ人たちの半数は城壁再建、残りの半数は警備に当たりながら、52日間という短期間で城壁再建という仕事を成し遂げました。

 城壁ができると、民はみな広場に集まり、祭司であり律法学者のエズラに、モーセの律法を読み聞かせてほしいと願いました。エズラは夜明けから真昼まで、律法を聞いて理解できるすべての民の前でこれを朗読して聞かせました。これによって、民は自分たちと先祖が犯した罪を悟り、エジプトから自分たちを連れ出し、約束の国に導いた神と、自分たちの関係を再確認したのです。

バビロン捕囚の70年

 預言者エレミヤは、「この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える」と預言していました(エレミヤ書25・11)。この70年にはいろいろな考え方があります。紀元前605年のダニエルたちを起点とし、捕囚からの帰還を紀元前536年とするとおよそ70年になります。
 また、ユダの王ヨシヤが死んだ紀元前609年を起点にして、バビロンがペルシア帝国のキュロス王に滅ぼされ、エルサレムへの帰還が許された紀元前539年までとする考え方もあります。
 一方、70という数字は、聖書では完全数とされていますので、数字的な整合性よりも象徴的意味として理解する考え方もあります。

関連記事

おすすめ記事

ページ上部へ戻る